プロフィール

SOIEMO カウンセリングルーム
清水太陽です。

心地よい毎日のためのリラックス法と
お客様ひとりひとりにオーダーカウンセリング
心地よい信頼関係をご提案します。

とくに私が主としてるのが『トラウマ』『愛着障害(愛情障害)/毒親』
そのお客さまの多くは発達時期のお悩みから『HSP』『アダルトチルドレン』など
その他要因が絡んでいることが大半です。
見落としがちな根本的なお悩みの原因をしないと
また、何度も悪循環を繰り返すことに繋がります。

それでは私の自己紹介をお読み下さい。

幼少期/親からのしつけが厳しく泣き叫ぶ日々

美味しいお米と青春ドラマに出てくるような自然豊かな田舎に生まれました。両親は共働き、今は亡き祖母や祖父と共に暮らし3兄弟の次男として無邪気に育ったのです。些細な兄弟喧嘩が絶えず、外で遊ぶ事が好きな田舎っ子でした。

私の幼き日の人物像を先に述べておくと、趣味は習字、読書、音楽。食べ物に好き嫌いなし。スポーツは好きでしたが外での寒暖差が苦手。虫や爬虫類が苦手でありました。それに加えて恥ずかしがり屋な性格。

とある日。保育園から帰宅し、自宅の茶の間で祖母と過ごしている最中にいつの間に練炭の掘りコタツの中で寝てしまって一酸化炭素中毒になり記憶のないまま救急車で病院に運ばれ三日三晩生死の境をさまよいました。小学5〜6年生になり国語の時間の文章の音読が何よりも苦手で…今思い返すと一酸化炭素中毒の後遺症かと思い込むようになってました。

親のしつけは厳しく、何か家庭内のルールにそむくと…ゴーンっと鈍い音が響き渡るくらい頭を叩かれ、まさに虐待レベルで次第に心を閉ざすようになり、親に怒られるのが怖いから親の言う事が全てだと正解を探しては、自分の感情を押し殺して気ました。
当時は体も非常に弱くて、親には振り回され人目を気にしやすく、緊張しやすいタイプでした。

物心ついた時期に、いつも学校に送り迎えしてくれてた祖父が認知症になり、それがきっかけで家庭内の雰囲気が変わりはじめ笑顔が消えつつありました…。学校では周囲のクラスメイトが遊園地や家族旅行やデパートに行った話など充実した週末話に華を咲かせる中、私は実家が農家だったためお手伝いをして過ごす週末に周囲とのギャップを感じ、学校でのコンプレックスになっていました。なぜならケンタッキーすら行ったことがなかったのです。

神経質で考え過ぎる…性格

気がつけば一週間以上、排便の御通知が来てないことが脳裏をよぎり、本気で考えさせられる日々が始まります。
『もし植物人間になったらどうしよう…。』
『寝たっきりになったら家族に迷惑がかかるから自殺した方がマシかもしれない…。』
『こんな恥ずかしいことは家族にも友人にも話せない…。』


ずっと、負のルーティンが頭の中に突き刺さり…日に日に思い詰めるようなりました。

当時は便秘という言葉の意味さえ知らずしらず、HSCで弱く繊細な性格であったため不安や不快をいだき、悩み事で頭が曇りだし毎晩寝る前に妄想を繰り返していました。
そんな悪夢のような一週間を過ごしたある日、お腹がキュルッルっと圧迫されるような痛みに襲われトイレに行った際にはホッとしました。
『とりあえず、排便できた!!』

一気に沈んでた気持ちが回復して自己解決できました。
今となれば笑い話でも当時は、本当に悩んで悩み抜いたこと…人生史に残る記憶となっています。

体も大きくなり行動視野も広がってきた思春期

幼児期に親の押し付けで始めた兄弟参加の部活のサッカー本当に嫌いでした。
言われるがままに毒親に耐えながら我慢してた分、段々カラダが拒否反応を起こしだしたのです。

『サボるというか…行きたくない』

部活動って子供よりも親が熱くなってるパターン。
親の言い分を察するなら、友達の親同士の世間体を気にして子供に親の意見を押し付ける。
そんな『勘ぐり』『違和感』

そんな家庭内での不満が多かった幼少期を引きずっていたので…
反抗期は反発は大きくなりました。

家にいるのが嫌で、家に帰っても家族団欒の食事はしないで家族が食べ済ませた後にこっそりご飯を食べる日々。

『家のリビングにいるのが大っ嫌い』

家族内のコミニュケーションがないと自分の部屋だけが心の拠り所になっていました。

学校に行くと友達がいるしなぜか楽しい。
その反面、しんどい家庭環境を話す友達がいなかったので周囲に『不満』『悩み』を相談することはなく、いつも自分の感情を胸の中にしまっていたのです。
きっと、友達の家庭をうらやんでは両親の気を引こうとしてたのだと思います。

何かあると感情の浮き沈みが激しかった過去

高校は町内にコンビニ1つないド田舎の工業高校に入学しました。
両親が共働きだったので、気候による寒暖差が激しい土地で雨…雪…強風に煽られながら毎日片道2時間の距離を自転車で苦難の通学生活。
この頃を境に人に『甘える』とか『助け』を求めることが苦手というか自己犠牲にしていたのです。

家族に心を完全に閉ざしてたため、友達に期待し過ぎるあまり…嫉妬深く浮き沈みが激しい気持ちになっていました。

18歳の冬、リーマンショックにも関わらず某大手自動車メーカーの内定が決まりました。
極度のあがり症のため、面接時に頭が真っ白になり志望動機がパッと消え…採用担当と10秒睨めっこしたあげく笑顔で『忘れました…!』とハッキリ伝えると試験官の方から笑みが溢れました。
ズバ抜けて勉強が出来たわけでもなく、あげくの果てに志望動機も言えない状況で不思議な体験をしました。今、思い返すと素直な性格とはこういう事だったと気づくのです。

会話の冒頭は『すみません』が口癖だった

高校卒業をきっかけに宮城県から神奈川県に就職で上京。
職場での最初の2ヶ月は環境の変化に心馴染めずホームシックになり、これまで感じたことのない孤独感を味わいました。
歳の離れた上司との付き合い方や言葉の理解への壁にぶち当たった。職場での口癖はなぜか…
『すみません』だった。特に謝るような事もしてなかったのに職場での対人関係が苦手で無意識にその場を切り抜けようとする癖がありました。

毎月の給料の使い道は主に、友人との娯楽と洋服代と自動車の返済ローンで消える。学生気分が抜けず何も目標がなく毎月のお給料だけが待ち遠いく感じる日々でした。

人生初の真剣に取り組める『趣味』

社会人生活も一年が過ぎた頃、偶然、街で見かけた音楽機材のターンテーブルが展示品限りで2台のみSALE価格になっており、その日のうちに自身の即決を強いられ…アコムのATMに駆け込み、なんとかお金を握りしめて購入。

次第にエンターテイメントのステージで音楽がやりたいと願うようになり、人脈もない中で必死に独学で練習し過ぎるあまり仕事との両立が出来なくなるほどの精神状態になる。それまでは寝坊など意識したことがなかったのですが、しだいに職場には週3回遅刻…次第に自分の事情を隠すかのように『寝坊しました…』の一言も言えずシレッと仕事をするようになりました。

当時の私には頭の中が完全にキャパオーバーで精一杯であったため責任感も薄れ、自分にも周囲にも素直になれなかった時期でもありました。

夢と現実、そして敗北

音楽デビューから数年経ち人脈も広がった時に、当時知り合った先輩伝えで人を紹介してもらい表向きは楽しそうなキラキラした世界に飛び込み、理不尽な権力社会での荒波と紹介して頂いたという恩を裏切ってはいけないという責任感に誰にも相談できず、時にはゴキブリを踏み潰した靴底で頭を殴られたりインターネットで陰口を書き込みされたりで心の羅針盤が狂い始め悪循環しかない心境に嫌気がさし、何もかもが嫌になり地元に帰郷。

解決策が見つからないまま…理想と現実のギャップに挟まれ、憎しみだけが残りました。
夢も仕事も失い、自暴自棄に突入。

帰郷当初の20代中頃、人間不信にもなりかけていたので半年以上ニートをしていた時期があり、闇深いメンヘラ男になっていました。自分の育ちが影響したのか家族にすら迷惑をかけていけないという想いで親との関係も断ち、夜も眠れないほどの悪循環の連鎖が3、4年続き、過去に囚われ職を転々とするようになるのです。自分の過去は誰にも話さず、ひとり悩んで睡眠薬も多用していた時期もありました。一生安定の世界の大企業から地元の中小企業への就職は別世界でどん底だったのです。

ドン底からの復活劇

27歳のある日、知人から言われた一言で自分軸がズレてるということに気付かされることとなります。
社会に出てから両親と離れて生活を経験し、自立出来てると思い込んでいた自分軸。軌道がズレてるのは自分では気づけませんでした。周りからはそれまで言ってもらえませんでした。
この真実を遠く離れたメンターから言われるまでは『人に心が開けない』というのは自覚してましたが心の奥底に自らフタをしていたのです。

『人見知りでも人と話すのが好きだし、だけど…』
どうして心が開けない?
『自分に嘘をついてるのかな?』
という部分に着眼するようになりました。

私の場合、自らココロに蓋をしてることに気がつけた事が急成長のチャンスでした!

考えて考えても真相がわからず、それから一年経過…やっと自分が納得できる結論に辿り着きました。
『音楽への過去を捨て切れない』『幼い時からの悪循環』などから生きづらさを感じてることがわかり、今の環境を変えたいと強く願うようになり改善する過程において自ら心理療法を試すようになったのです。
ただ、学習方法は誰に習ったわけでもなく本やYouTubeで。
独学だけに、正しい解決への順序立てがわからなかったため解決につながったのは起業した後でした。

独立して起業。それでもプレッシャーの日々

29歳の時に、人脈信用が薄い状況で始めた建設設備業。
苦難の連続で手探りで経営ノウハウや経理まで勉強しつつ孤独で不安な日々…自分で決めたことだから労働時間は全く気にしなかったのですが時給に換算したら軽く最低賃金は下回るような時もありました。
業務を増やすために、古物の転売を始めるも手付け金で60万円もの商材を購入したあげく、気がつけば業者とは連絡がつかず音信不通。
手に抱えた在庫と現金投資した分その人が言っていた言葉だけの重みだけでした。

先行き不安で、今ある信用を大事にすべきと決断し
『明日寝坊したらどうしよう…』
『クライアントの信頼を失ったらもっと辛くなる…』
と考えれば考えるほど過去を振り返ってしまい

さらに焦りから夜も寝付けず
過去からのプレッシャーが重くのしかかってきたのです。

絶望を感じてる時でも人間関係において素直になれず、等身大の自分ではなく背伸びしたカッコいい自分を演じようとしてしまう私。


結果、悪循環のイタチごっこをしては、ため息や息苦しさを感じ疲れやすい日々。


良い人間関係は築けませんしストレスを感じてしまう事ばかりでした。
過去のトラウマから周りに助けを求める事が出来ず
落ち込んでいる暇もなく何かしら行動するしかなかった…!

壁にぶつかっても這い上がる力をマインドだけで突き進む。その日その日の事しか考えられず自分に余裕がなく、10年後の目標どころか一週間後の目標すら意識できてなかったのです。

そんな時にある本で、
『幼い頃に作られた自分が今の自分となり…』という言葉に共感する部分を感じては親を憎みました。
他人の要求に応える自分でしかなく自分の事がよくわからなくって他人に合わせることしか出来ない心境が本当に辛かった。

自分が何をしたいのかわからない。誰にも相談できず、行き当たりばったりで答えを見つけていた。誰にも相談出来ず常に考え事ばかりするようになり白髪が増え、逆流性食道炎過敏性腸症候群を繰り返すようになりました。

信頼を寄せていたメンターからの新たな助言

数年前に助言をもらったメンターからたまたま連絡が来て
また一言、大切なことを言われました。

『素直じゃない』

『プライド高い』

これまで、周りから何気なく言われてた言葉。注意もせずに聞き流してました。
どうして…今回、この一言が胸に響いたのか。

それはメンターに対して信頼を寄せていたからと気がつきいたのです。

将来への希望

自分に自信が持てるようになったのは先ほどの『気づき』からだったのです。
心の弱さを認めるだけで徐々に周囲に素直になり自信に繋がった、そして次第にクライアントとの信頼が深まり仕事が軌道に乗り始めたのです。それと同時に自己肯定力や対応能力が身につき自分が信じる人生が歩めるようになり、いい意味で時代に流されない自分軸を確立する事が出来きました。

『あの時から時間が止まったように感覚で数年が過ぎていた…』

『自分の殻に閉じこもって成長を感じれない…』

『生きながらもがき苦しむ生活とは距離を置きたい…』

そんな感情をお持ちで辛い人ほど私を頼って欲しいです。
30歳から個人的にファイナンシャルプランナーを勉強した中で、ビジネスモデルを企業向けから個人向けに変更したいと考えるようになり、個人向けに感謝を得られる仕事はないか?

孤独で誰にも相談出来ないタイプだったため、自信を持つために10年弱かかった経験を人のために出来ることはないか?

と考え抜いた…当時の彼女の家庭問題やLGBT[ノンセクシャル]の女性と出会い。知人のトラウマや依存症、クライアント先での社内相談まで。今までの自分の人生経験が走馬灯のように頭をよぎったのです。

そこで線と線が重なり、本格的に順序付いた心理療法やフォーカシングを学び。

沢山のトライ&エラーを繰り返し、一人一人にあった改善方を導き出せるようになりました。
経営理念と至りましては、『お客様と共に心地よく成長したい』をテーマに押し付けのないカウンセリングを通してメンタルメソッドを提供してしております。

その結果。夫婦や恋人間における不平不満やトラウマを克服して新たな道を切り開いた実績など多々経験して来ました。『まずは、1回目のカウンセリングだけで気持ちを全開放してもらって大丈夫です』
一時的ではなく、原因に着目した症状にアプローチする原因特化型療法を用いてアナタの症状の根本に寄り添います。
そのため最小の努力で最大の結果が出ます。


私のカウンセリングは、真面目に堅く成り過ぎず徐々に敬語なしのフラットな関係が好きなお客様が多く、病院が閉まった夜間帯のお客様の問い合わせが大半です、予約等はお早めにお知らせください。
信頼関係も深まった頃合いに、計画的な夢を持つことの大事さを伝えますのでマインドプランナーのような位置付けでお客様の未来がより良いものになるように信念を燃やしてます。

これを見てくださっている方も、自分らしく自由に過ごす時間と心に余裕を感じ、毎日ストレスフリーに生活できる日常はきっとすぐそばまで来てます。

これまでの人生とこれからの人生の新たなスタートしてみませんか

過去の出来事から不安、不満、不快などいまの環境を変えたいと強く願っている方へ

私が人を幸せにすることで自分に返ってくる『感謝』を使命感として生きたい。
そして私が助けた人達が、次は周りに元気を与える側になって欲しいという想いは何年経っても変わりません。

限りある人生の中で、心を閉ざし素直になれないとお悩みの方にメンタルアップメソッドでありのままの自分を取り戻してもらい、自然と目標達成や実りある未来が実現できる成長サポートをします。

一対一で、お客様自身と向き合ってそれを実感として自信に繋げてもらう。また大きな悩みを抱えた際には自力で起き上がれる力をマインドとして身につけ、明るく豊かな日常が始まる第一歩として悩みをスッキリ解消!して頂くことを願っております。